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「たらたま」の話。

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津軽料理遺産として認定されている料理の一つ、たらたま。
一口に津軽地方と言っても、海から離れた津軽平野の地域と、三厩や鯵ヶ沢などの海沿いの地域とでは、食文化は異なるものとなっています(例えば、「若生おにぎり」を昔食べたことがある弘前の人は、意外に少ないものです)。
それを象徴する食べ物の一つが「たらたま」。一言で言うと、干し鱈と生卵を和えた料理です。
昔、津軽平野やその周辺では米や野菜を栽培し、海沿いの地域で生活している人は、海で取れた海産物を五能線等の電車で運び、互いに必要なもの同士を交換していました。
そんな風に農家が入手した干し鱈は、昔から、保存食としてもタンパク質としても貴重な食材でした。元々脂質が限りなくゼロに近い鱈という魚は、世界各国でも航海の際に積荷として欠かせなかったということが、それを証明しています。
で、この鱈を食べる方法として、水で戻したものを煮付けた料理である「干し鱈とふきの煮付け(干し鱈というより、「棒鱈」ですが)」というものがあります。これは、今でもポピュラーな調理法で、目にする機会が多い一品です。
一方、このたらたまはちょっと系統が違います。
昔、農家の方が農作業を終えた後にお酒を飲む際、鱈を木づちや平らな漬物石で叩くことでやわらかくほぐし、醤油や味噌をつけておつまみとして食べていたのです。どうしても、鱈本来の味があるとはいえども、おつまみとして食べるには、このぐらいの味つけが必要だったのでしょう。
ところで、鱈を食べるのは農作業を手伝ってくれた方も同じでした。お手伝いの感謝の意を込めて、農作物と交換して入手した貴重な鱈を、お酒のおつまみとして場に出されたからです。
そこで、情に厚い津軽の人は更なる「おもてなし」の心として、自分の庭で飼っていたにわとりが産んだ卵を絡めることを始めたのです。調味料として、栄養補給として食べてもらおうと。
一日数個しか手に入らない自家消費用の卵と、交換によって入手した鱈の組み合わせ。厳しい寒さや飢えと戦い、生きるために必死だった津軽の人間にとって、それは最高のおもてなしだったのです。
そんな背景で生まれた料理なので、現代ではちょっと表には出ずらい一品です。そもそも、現代では「マヨネーズ+唐辛子(+ちょっとの醤油)」という組み合わせが主流でしょうし、しかも農家の方が親戚にいないと触れる機会が少ない料理なので。
でも、この一品は本当に合うんです。鱈の旨みがしみこんだ玉子をご飯にかけて食べると最高だったりします。
考えてみると、マヨネーズの原料も卵。実は、無意識の中で卵と鱈の組み合わせを既に口にしているのです。
だまされたと思って一度試してみてください。私は、この味とこの料理が生まれた津軽の地が大好きです。

  • この記事を書いた人

takapu

ローカルフードデザイナー/伝承料理研究家 食や旅をテーマにした商品開発や既成品リノベーションを始め、コンテンツ企画、取材・執筆・撮影、PRツール制作、漫画原作、講演、事業所の強みづくりコンサルティングを手がけています。 詳しいプロフィールはお仕事に関するお問い合わせは、下のリンクからお願いいたします。

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