北海道小樽市・街の中に今も生きる廃線~手宮線という存在~

 

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駅弁を食べた後、小樽駅の駅舎から運河側に向かってなだらかに伸びる坂を、一歩一歩下っていく。ツアーバスでしか訪れたところがなかった街の姿を、満遍なく眺めながら歩いていると、その途中にこんなモニュメントが建っているのを見た。
右を見ると線路があり、左を見ても線路の姿。
でも、まっすぐに延びる線路には踏み切りの姿はなく、鎖が張られた線路の上を列車が走る様子も全くない。
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ここは、北海道で最初に開業された路線の跡。明治時代に「手宮線」という名前がつけられたこの路線は、かつては人を運び、貨物を運び、そして今は何かを運ぶ役割を終えてこの地にたたずんでいる。
線路沿いには花壇が作られ、そこには住宅や店舗が立ち並ぶ。最初にこの路線を車両に乗って通過したお客さんは、おそらく線路沿いに高層マンションが建つことなんて、想像しえなかっただろう。
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整備された線路沿いを歩いていると、鉄道のイラストが描かれたベンチの姿。「廃線」という言葉からは、どうしても物哀しいイメージが浮かんでしまうが、ここを歩いている限り、そんなことは一切浮かばない。
かつて、この鉄道がつないでいたものは、目に見える駅と駅。でも、今この鉄道がつなぐものは過去に流れていた時間と、今流れている時間。
だから、この街が線路と過ごす時間が長ければ長いほど、そのレールも長くなる。
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思えば、昔の青森にも木材の運搬や集落の住民を運ぶ森林鉄道を始めとして、色々な線路が張り巡らされ、色々なつながりができていた。
そして、時代が過ぎた今でも当時を教えてくれる廃線跡があり、実際、下北半島を舞台に廃線となった線路の上で列車を動かすNPOもある。また、小樽でもこの線路をLRTとして復活させようなんて構想もある。
ただ、そんな動きは少数派。今でこそ、鉄道ブームに乗って廃線跡がフィーチャーされているが、未来はどうなるかわからない。
来年の12月に東北新幹線の全線開業を控えた青森県という場所だからこそ、今一度線路が張り巡らされていた時代と向き合う必要があると思う。未来に向かう前に、各地に根差した貴重な財産を、掘り起こさないなんてもったいない。
※線路沿いを、ちょっと撮ってみました。

ローカルフードデザイナー/伝承料理研究家/復興庁「専門家派遣集中支援事業」登録専門家
地域食材・食文化をテーマにした商品開発や地域活性事業の企画・運営、取材、執筆、撮影、講演活動、地域メディア・ソーシャルメディア運営アドバイザー。人×食×地域の繋がりを強くする取組みをしています。詳しいプロフィールは下のリンクから。
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